ロシア、まず振り返ると


今回のTLIGのロシア巡礼旅。
62か国、24教派から、900人の巡礼者が集いました。
日本人は20人。

21314548_1620747504610213_161599968683859637_n-768x512.jpg

(写真は公式HPより)


私がこのツアーに参加した理由。
2年前、アッシジに一人旅していたときにアメリカ人クリスチャンからTLIGのことを聞きました。
その彼女から「このツアーに参加してみない?」とメールが。
そのメールがきたのがツアーの申し込み締め切り2日前だったので、あわてて申し込み。
後で、こんな大規模な巡礼ツアーだと知ったのです。
(ヴァスーラさんの本はそれまでに一冊読んでいました)

このツアー、あまりにもいろいろなことがありすぎ、いろんな思いがわきあがりすぎ。
気持ちを整理しつつ書いていこう。

まずは、やはり、これか。
私は学生時代からバックパッカーの旅をしてきたので、ほとんどが「一人旅」。
「団体旅行」というのが初めてで、予想以上に、精神的にキツかった。

900人近い参加者。
なにをするにも進行が遅い。
日本人巡礼チームのガイド役の方が来られなくなったとのことで、引率者がおられない。
私は集まりに行ったことのない新参者で、知り合いもいない。
状況がよくわからず、とまどいと困惑。

わたしは仕事がら大勢のスタッフをしきって、判断、決断、指示、実行、段取りもしっかり、ということをやっているので、
ついつい日本人グループの方をまとめようとしたり、しかしそれが他の方にとっては余計なお世話であったりと、やることが裏目に出てつらかった面も。

「共同体の中で生きるとは?」

の学びがてんこもり。
集団の中での自分のふるまいを見直し、強固な自我があることに気づかされ、「救われる必要のある自分」を感じた旅でした。


帰国後、口唇ヘルペスができて体調最悪。

メンタルドクターのところに早速いったら、「あなたの裁きが原因です」と。

・・・返す言葉がありません。

「なんでもっと段取りよくやれないんだろう」
「あの方は~~できる(はずな)のに、なぜそうされないのだろう」
「あの方は、~~なのに、なぜこうされないのだろう?」

ドクターいわく、「それをするかしないかは相手の自由。なのに、あなたがそれを「こうあるべきだ」「こうすえるべきだ」と、
人や状況に要求するから苦しいんだ」と。

私の「こうしたい」「こうなればいいのに」は叶わなくとも、「神様がこれでいいのだ」と思ってれば、抗わず、そのまま受け入れなさい、と。

私(自我)の思いはどうでもよく、神様の思うことが叶えばいい」



そういう意味では、このツアーは神様の願った通りにいったのではないでしょうか!
ならOK!?

信仰の深い参加者の方から教えていただいたこともたくさん。

「常に神様と話をすればいい、なんでも神様に聞けばいい」

超党派の集う意味、
ロシア正教迫害の歴史など知らないこともたくさん知りました。

初日、ある参加者の方が「ぎりぎりになって行けることになった、感謝だ」とおっしゃっていました。
自分の体の具合、家族の病気など問題を抱える中で、状況が整って来れるに至った・・
そのことが感謝なんだとあらためて思いました。

着いた初日は、ホテルで夕食をとって終了。ヴァスーラさんがテーブルにきてくれご挨拶。
シルバーのラメラメキラキラシューズが鮮やかな印象。

さて、書いていきます。

20170904_074038.jpg
スポンサーサイト

蚤の市ヴェルニサージュ~ドンスコイ修道院(D1)

ロシア巡礼ツアー、初日。

このツアーはプログラムや訪問先がたくさんあったのですが、
初日だけ自由時間の買い物タイムがもうけられていました。
というわけで、ホテルのすぐ近くにある、イズマイロフのヴェルニザージュ(のみの市)に行ってきました。

20170903_133510_zed20170913_202708_30p.jpg


このヴェルニザージュ、ロシア旅行をしてきた私の友人から「ここ楽しいよ!」と、おすすめされていたので、
楽しみにいってきました。

最初は、ずらりと並んだマトリョーシカなどを見て、
「わー!ロシアっぽい!」とテンション上がってたんです。

20170903_133719.jpg


しかし・・・
レーニン、スターリン、軍のグッズ、旧ソビエト時代を思い起こさせるものが目に付きはじめ、
だんだん気が重くなっていきました。

20170903_134349_zed20170913_202442_30p.jpg


気が重くなってきたのは、ロシアに行く前に、
ジャーナリスト、スベトラーナ・アレクシェービッチさんの資料に目を通していたからだと思います。
彼女は、チェルノブイリ、アフガン帰還兵など、ソビエト社会に深い影を落とした事象を追っていて、
人間の罪や悲しさを描いています。
重い現実・・・共産国家・・・そんな影から放たれる臭いのようなものが漂ってきて、
アンティーク市を歩いているうちに、暗い気持ちになってきたのでした。
その市には、たくさんのイコンやロザリオも、たくさん売られていました。


20170903_132419_zed20170913_202613_30p.jpg


共産主義国家の中ではキリスト教信仰も弾圧され、こうしたイコンも放出されたのかもしれないし、
暗い社会の中で人には救いが必要で、イコンが大切にされてきたのかもしれない・・・
そんな思いが交錯して、重く暗い気持ちになっていました。

アレクシェービッチの資料を見る中で、すごく強く印象に残った言葉があったんです。
それは、ある若い女性の言葉で、恋人である彼を軍隊から脱走させた女性なのですが、

「前は、主語がみな「我々は」「国家は」だった。
でも今は、「私は」というように、「私」が主語になっていくんだ」と。

どれだけ「自分」「個」を抑圧しなければならなかったんだろう・・・。
その息苦しさが、「個」を奪われることの苦しさが、ありありと伝わってきて、そんなことを思い出していたのでした。

午後、複数のバスに分かれて、初のモスクワ市内の修道院へ。
日本人グループは、オーストラリア、アルメニアの団体と合同で1つのバスに乗り込みます。50人くらいかな。
そこにロシア人ガイドさんが一人ついて出発。

ああやっと始まる。巡礼旅!
と再びワクワクとテンションがあがる。

最初に向かったのは、ドンスコイ修道院。

20170903_184151_zed20170913_202800_30p.jpg

設立は1593 年。
最初は少ない修道士だけの貧しい修道院だったようですが、
じょじょに聖堂も増え、19世紀の初頭には、国の精神的な政治生命に大きな影響を持つ裕福な修道院に。

「ロシア正教会」は、東京と石巻の2カ所で訪ねたことはあるんですが、
現地のロシア正教の教会に入るのは初めてです。
高い天井、そこにそびえたつイコンに圧倒されました。

ロシア正教では、中央に必ず「扉」があります。
扉は、天の国へとつながる重要な、象徴的なアイコン。金で彩られている。


20170903_174131_zed20170913_202944_30p.jpg


荘厳・・・。

20170903_174107_zed20170913_203020_30p.jpg

イコンの前には必ず美しいロウソク立てが。

20170903_174632_zed20170913_223327_30p.jpg

柱まで、いたるところにイコンなのがとにかくすごい。
のまれるような雰囲気です。
ここは神、イエス、マリア、それを慕う人々の思い、聖人たちの息吹が充ち満ちている。
神の国とそこに入ることを許された聖人たちの世界・・そこにお邪魔させてもらっているような感覚。

ロシア正教ではろうそくをたくさん灯すので、教会内にはろうそく掃除の方がおられる。
その労働の姿が美しく尊い・・・。

20170903_174218_zed20170913_223244_30p.jpg

20170903_174334-2_zed20170913_203054_30p.jpg


アンティーク市でどんよりしていた心も晴れてきた。

この聖堂を見た後、敷地内を散歩していたら、隣に新しそうな建物が。
どれ、そこにも入ってみようと入ると・・・歌声が聞こえてくる。
ちょうど礼拝をやっているではないですか!
他の日本の方は、すぐにお土産ショップに行かれたようで、誰もいない。
ロシアの正教徒の方に、私だけが混じっている。
耳に聞こえるのは、修道士とロシア教司祭の祈り。

短いですが、音声はこちら
     ↓


https://www.youtube.com/watch?v=Rgf4TQLXaPg

https://www.youtube.com/watch?v=7_DMqUQuGMg


心が澄んでくるような、繊細なシャワーのようで、ほぉ~~っとなる。
しばらくその場にいて、歌声を聞いていた。
暗く重いだけではない世界、そう、ここには栄光と恵みと神の慈しみがある。
ああ、ここに来てよかった。ここに来れてよかった。

この聖堂を出た時の晴れやかな気持ち。今でも胸に。


※ドンスコイという名前は、モスクワ大公、ドミトリー・ドンスコイ(1350-1389)からとったもの。
モンゴルと戦って、ドン川近くで歴史的勝利を挙げたいわば英雄。
「ドンスコイ」の意味は、「ドン川の」という意味。
ロシア人ガイドさんの英語の説明では聞き取れないことも多く、もどかしい思いをしていたのですが、
帰国後に調べてわかったことがたくさん。
修道院の隣にある墓地には、ソルジェニーティンなど著名なロシア人の他
シベリア抑留された日本人のお墓もあるという。
手をあわせて拝みたかったな。


ダニーロフ修道院~モスクワ川ボート(D2)


ロシア巡礼ツアー二日目。

この日訪れたのは、ダニーロフ修道院。
ロシア正教の総主教の公邸があり、ロシア正教会の本部が置かれている修道院。
いわば総本山。

長い城壁。広大な敷地です。

20170904_124918.jpg

入り口の塔。

20170904_122246.jpg


建物自体は新しく見えたのですが、
モスクワ最古の修道院だったんです。

モスクワ公ダニール・アレクサンドロヴィチの手によって、1282年に創建された。

20170904_122239.jpg



ダニールは、死の直前に修道士として剃髪し、自分が建立したこの修道院に埋葬されたという。

don.jpg


20170904_121312.jpg


「三位一体」のイコン。1つずつ、3つのロウソク立てが。

20170904_120926.jpg


20170904_122643.jpg


どの教会にもおられる清掃の方。
ロウソクをつるす金具のチェーンを洗っていたおばあさん。
ロウソクって、ススけて黒っぽくなるから、いつもピカピカにしておくために手入れをされている・・
ミレーの「落ち穂拾い」のように尊く見える。

20170904_121128.jpg


 この修道院も、スターリン統治下の1930年には宗教弾圧を受け、閉鎖されていた。
17〜18世紀頃に制作された18個の鐘があったが、溶かされる直前にアメリカ人の事業家に買い取られ、
その後、ハーバード大学に寄付されていた。
1983年に修道院が再開され、20年におよびぶ交渉の末、ロシアにこの鐘が返還されたという。

ロシア正教の歴史は、政治に翻弄され、迫害され、、という歴史だったのだなあ・・。



ロシア正教のことを簡単に整理すると・・

★ロシアがキリスト教を受け入れたのは、ウラジミール公(在位980~1015)の時。

★いくつかの宗教の中から、ギリシア正教を選び、988年に、東ローマ皇帝の妹を妻にむかえ正教徒に改宗。

★1448年に、独自の総主教を立て、コンスタンチノープルの総主教座から独立、「ロシア正教」が成立。

★18世紀、ピョートル大帝の改革で、総主教座は廃止されることになり、ロシア正教会は国に従属することになった。

★宗教弾圧が始まったのは1917年のロシア革命後、ソ連政府によって。
多くの聖職者が死刑、処刑され、教会も破壊、接収された。

★1980年代にゴルバチョフの登場によって、ロシア正教は復権を果たす。

ゴルバチョフ!スバシーバ!スバラシーネ!

修道院の入り口のとこにこんな写真があったので、写真を接写。
ここでの礼拝はこんな感じで行われるんでしょうね。

20170904_124729-1_zed20170915_203128_30p.jpg

20170904_124720-1_zed20170915_203056_30p.jpg


共産主義国家の弾圧を受けながら、信仰はひそかに人々の心に灯されてきたのではないかなあ・・・
苦しいときにこそ神はより強く感じられると思うから。
時代は違えど、日本人の隠れキリシタンの弾圧と同じですね。
隠れキリシタンの信者が300年ひそかに信仰を守り続け、
長崎浦上でプチジャン神父に信仰告白した「信徒発見」のように、
ずっと信仰持ち続けていた人たくさんおられたと思う。

午後は、モスクワ川のクルーズ。
市内の写真は、あまり目をひきつけるものがなかったので撮らなかった。この一枚くらいかな。

20170904_131119-1.jpg

モスクワは、社会主義国家的な古びた共同ビルと、スターリンがアメリカの摩天楼に対抗して作らせたといういくつかの高層建築と、超近代的な建物とがミックスしていて、それらが「調和していない」不思議な街だった。


こちらはボート乗り場近くの近代的ビル。

20170904_132545.jpg

続いてのモスクワ川クルーズ。
船が泊まっている間、排気エンジンの臭いがキツくて胸やけ。吐きそうになってこのときは本当につらかった。
出発してからは、一転、同じテーブルについた方々と、川を眺めずおしゃべりばかりして楽しみました。
私は自分から話しかける性格ではないので、話しかけていただいて、ありがたかったです。
次の記事に書きます。

それぞれのイエス体験

私は、このツアーを単独で申し込んだので、参加者の皆様とは全員「初めまして」でした。
なので、参加者の方といろいろお話をする時間がとても興味深く、勉強になりました。

どのようにイエスの現存を感じたか、
マリア様が自分と同じように苦しんでいることをどのように知ったか、
マリア様との約束がどのように叶えられたか、
などのお話が強く印象に残りました。
強く結びついているとこういうことが起こる、いや、感じられるんだ・・と。

この団体主催のイスラエルツアーに参加した方が、
未信者だったのに、巡礼中にヨルダン川で洗礼を受けられた、という話もうかがいました。
なんという劇的なことが起きるのでしょうか。

それから、日本人たちが乗っているバスに、途中からイランの男性が乗ってこられたんですが、
その方の話もすごいイエス体験をお持ちでした。
ムスリム一家に育ちますが、小さいときから誰かが守ってくれるような感覚があったという。
刑務所でキリスト教と出会って改宗、今、多くのムスリムの人に説教して改宗者をぞくぞく生んでいる状況だという。
厳格だった自分の父親までクリスチャンになった。
イスラム主義の政府はもちろんキリスト教徒を迫害するが、
政府の力より神の力の方が強いから自分はこうやって生きている、と。
「I'm still alive!」と力強く発言され、バスの中で拍手喝采でした。

この方の証言↓
https://www.youtube.com/watch?v=FTBegJm2ROg

キリスト教の国に育たなくても、イエス、神の存在を知ればクリスチャンになる。
私の実家は曹洞宗だ。
それぞれの「イエス体験」を聞いていると、ここに集まるように言われた意味もわかる。
イエスに向かって生きろ、ということ。
イエスにハートつかまれた人たちが心あわせろ、と。

このツアーでは、ホテルの中の大きなホールに全員集まり、毎晩夜にミサ・礼拝があるんですが、
毎晩、違う宗派の礼拝が行われ、それを体験するんですね。

・ロシア正教の礼拝
・ギリシア正教の礼拝
・エチオピア人司祭によるコプト教の礼拝

ロシア正教は、お祈りの言葉をメロディーに乗せて歌のように歌うのが特徴。
礼拝時間も長い。
十字を切る手の仕草も異なり、親指、人差し指、中指を3本くっつけ、
「上、下、右、左」という順にする。
それにならって私たちもやる。
それ以降、ロシア正教の教会に入る時は、そのやり方をしました。


コプト教の礼拝は、始まる前に踊りがある!
手話のような踊りだったが、司祭服を着た方が祭壇でえんえん踊られる姿は不思議な光景だった。

礼拝の仕方はそれぞれに異なるけれども、それぞれにイエス体験があり、信仰の道のストーリーを持っている。
神の愛を受けて神を慕う兄弟姉妹なんだ、、ということの「実感」が、ここで初めてわいた気がします。

ギリシア正教の礼拝のとき、私の隣にいた人はギリシャ人でした(名前と国を書いたカードをぶら下げているからわかる)。
その方は、ギリシア正教の方らしかった。「主の平和」と言うときに、握手する。
何の違和感も感じない。
むしろ、通じ合える喜びを感じる。

正直にいいますと、これまでは、「私はプロテスタントです」とか「正教会です」と聞くと、
「へ~・・そうなんですか(カトリックじゃないんだ)」と、距離を感じていました。
「同じ」ところより「違い」の方に目がいっていたんです。
だけど、「神様を大事に思ってる」という「同じ思いを持つ、仲間」なんですよね。
それを感じることができた。
超党派の集いの意味があったと思います。

迫害・・殉教司祭と救世主ハリストス大聖堂(D3-1)

ロシア巡礼ツアー3日目。

この日は訪問先がたくさんあったので、二回に分けて書きます。

この日から、日本人グループに強力な助っ人あらわる!
ガイド役(兼通訳)の方の代わりに、通訳を頼まれた神父さまが合流してくださったのです。
大阪で司祭をされている、日本語・英語・スペイン語が堪能なメキシコ人神父さま。
ロシアに到着してから最初の3日間、講演内容や説明がよくわからず消化不良のところがあったので、本当に大助かり。


この方が私にとって、いや、皆にとっての救世主となることは、のちほど。

この日最初の訪問先。
私は・・・、後で思うにこれが一番衝撃的だったかもしれません。

素朴な、小さなロシア正教会が二つ。

20170905_093411_zed20170916_192518_30p.jpg


20170905_101618_zed20170917_191159_30p.jpg


ここに立つ胸像。

20170905_102238-1.jpg


この方は、アレクサンドル・メン(Александр  Мень)という司祭です。

このメン司祭、55歳で殉教されたというのです。

hqdefault.jpg


どんな人物だったのか調べてみました。

1935年、モスクワでユダヤ人家族に生まれる。
ソ連政府への協力を拒むカタコンベで、生後6ヶ月のときに母親と一緒に洗礼を受ける。

6歳の時、父は秘密警察に逮捕され、鉱山の強制労働収容所へ。

メンは、モスクワの大学に進学するが、宗教的理由から追放される。

その後、神学校を卒業して司祭となる。
精力的な宣教活動で、カトリック教徒やプロテスタント、正教会の間で、影響力と優れた評判を持つリーダーとなっていく。

1980年代後半には、マスコミを利用してキリストのメッセージを伝え、多くの講義も開いた。
70年代の共産主義の無神論的支配によって衰弱したソビエトの人々への「現代の使徒」のような役割を果たした。

ただ、彼はその活動によって、エキュメニカルを否定する信仰者たちに「非正教的」「ユダヤ的」だと批判を受けていた。
さらにKGBにも目をつけられていた。
本も出版したが、ベルギーでの出版は偽名を使ったという。

そして・・・1990年9月9日の日曜日の朝、
彼は、神の典礼を祝うために、駅に向かっている途中、襲われ、斧で殺された。

55歳。

政府は調査をせず事件は未解決。
葬式は、バプテスマのヨハネの斬首を記念する正教会の暦の日に行われた。

・・・・・・。

私はこの事実に、衝撃を受けました。
メン司祭・・・。

o_am.jpg

1990年って、つい27年前のことですよ?
遠い昔の話じゃないんだ・・。

しかも、このブログに載せるためにメン司祭の画像検索をしていたら、
斧で殺されて血を流して死んでいる遺体の写真を見てしまいました。
うう・・・衝撃すぎる。胸が痛む。

私、なぜかこの修道院に着いたとき、緑が多くて、静かで、心落ち着いたんです。
でも、ここ、メン司祭が殺された場所だったのでは?
(「暗殺現場には2つの教会が建てられている」と書いてある記事があったので)
メンさんの霊性が生きている場所なのかもしれません。

20170905_093708_zed20170916_214434_30p.jpg


教会の内部。
新しいけど、聖具は昔のもの。
メン司祭は、古い聖具を大切にしていたそう。

20170905_100651_zed20170916_212838_30p.jpg

このドアも古い時代のものだそうです。
アルメニア?のものだったかな。

20170905_101252_zed20170916_192359_30p.jpg


聖母子イコン。

20170905_101424_zed20170917_201358_30p.jpg


殉教・・・。

イエスを知った喜び。
しかし、イエスを知ったからこそ訪れる受難もある。
人に真理を話し伝えるというのは、命がけのことなのだ。
文字通り、命を捧げてまで行うことなのだ



メン司祭の書いた本、読んでみたかった。
代表作は「Son of God」
ベルギー、ポーランド、フランス、ドイツ語などではあるようなのだが日本語の訳がないのです。
残念。

てこの後、モスクワから北東70kmのところにある、セルギエフ・ポサード市に向かいます。
ロシアで有名な聖人、セルギイの聖地。
別記事にします。

そこから戻って最後に訪ねたのは、救世主ハリストス大聖堂。

内部の撮影禁止だったので、サイトからお借りした写真で紹介します。
とにかく大きい!白亜の建物に金ぴかのたまねぎクーポラ。
権威を感じさせる建物です。高さは103メートル。

out001.jpg

しかし、この大聖堂も、迫害の過去をもっています。
衝撃的な写真がこちら。
スターリン政権下で、1931年に爆破されました。

220px-Christ_saviour_explosion.jpg


その後、1995年から2000年にかけて再建され、今、内部はこのような壮大な装飾が。

xxs010.jpg

christ30.jpg

とにかく、大きい、大きい、大きい。
1万人収容できるそう。

もう破壊は終わった。迫害も終わった。堂々と信仰できるんだ・・・

そんなロシアの人々の

「信仰の喜び」

を感じました。

それが、その喜びが、この新しく再建された聖堂に凝縮していました。

今回のロシア巡礼の旅。
「ロシア正教会」を訪ねるんだと思ってましたが、
迫害の実情、遠い昔ではない現代の迫害を生き延びた信仰の姿を見させられた。

どんな時代であっても、信仰は途絶えることなく、人間が生きている限り支えとなり続ける。

プロフィール

maria bernadette

Author:maria bernadette
フランスを旅行中、たまたまルルドを訪ねたら、
涙が次々に流れてきました。

人間以外から注がれる、大きな大きな無限の愛…!
癒し、巨大な安心感。
これは一体何なのか?

それ以来少しずつ信仰の扉が開かれました。
洗礼を受けたのはその7年後の2012.4.7.


そんな自分に起きたこと、
変容していく過程を綴っています。
まず、下欄のカテゴリの中から
「ブログの目的(1)」をお読みください!

最新記事
カテゴリ
絵 (9)
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR